2022年4月現在ウクライナはロシア軍の侵攻で大変な状況ですが、そんな中平和を祈る千羽鶴をウクライナに贈るという動きがあるようです。
千羽鶴は飾り物であって支援物資ではないので贈ることには賛否両論ありますが、反対派意見の中に「ウクライナでは鶴は不吉だから千羽鶴は贈るべきではない」というものがありました。
多くの日本人がこれを信じたようですが、果たしてウクライナでは本当に鶴は不吉だと思われているのでしょうか?
信頼できるソースが示されておらず疑問だったので、実際海外の質問サイトでウクライナ人に聞いて記事にまとめてみました。結論から書くとウクライナ人は鶴が不吉だという話は聞いたこともない人が多いようです。
ただしこの記事はあくまで個人である著者が短時間でリサーチした結果をまとめたものであり、内容の正しさは保証できませんのでご理解の上でお読みください。また、こんな大変な時にウクライナ人にどうでもいい質問をするなんてけしからんという意見も、公開の場で自由意志による回答を求めただけなので受け付けません。当記事の目的は、ネットの1ユーザーが発信している情報を(この記事含め)鵜呑みにするのは良くないと伝えることです。
ウクライナでは鶴は不吉だという情報の出どころは?
まず、今回の「ウクライナでは鶴は不吉だ」という情報はどこから出てきたのでしょうか?
どうやら、ある日本のツイッターユーザーがこのページに書かれている情報を引用してケルトや北欧では鶴は不吉だとされているのでウクライナに千羽鶴を贈るのは良くないという内容を拡散したようで、たくさんのユーザーがそれを信じました。
そのユーザーによると、ウクライナで鶴が不吉だとされている根拠は以下の通りだそうです。
- ウクライナはケルト発祥だと言っても過言ではないほどケルトや北欧とのつながりが深い
- ケルト神話や北欧では鶴は不吉とされている(このページ参照)
- ケルトや北欧の文化を色濃く受け継ぐウクライナでも鶴は不吉だと信じられている
上記の理由から千羽鶴をウクライナに贈るべきではないという理論のようです(実際のツイートは掲載しませんが、検索すればすぐに出てくるのでご自身で検索してみてください)。
さて・・・。何故ウクライナとケルトと北欧が同じものとして扱われているのかなど無限に疑問が湧いてきますが、この情報は本当なのでしょうか?
私自身がリサーチした結果と、実際にウクライナ人に聞いた内容をまとめました。
ウクライナでは本当に鶴は不吉なのか?
まず最初に、ウクライナでは本当に鶴は不吉だと思われているのでしょうか?
ズバリ結論から書きます。
今回私が話を聞いた数人のウクライナ人は、全員鶴が不吉だなんて話は聞いたことがないと言っていました。
実際に海外の質問サイトで聞いてみたのでご覧ください(英語です)。
鶴が不幸を招くという話は一度も聞いたことがありません(以下略)。
↑この人は1986年から現在までウクライナに住んでいるそうですし、名前もあちらの名前っぽかったので恐らくウクライナ人だと思います。鶴が不吉だなんて話は聞いたこともないようですね。
次にこの回答。
ウクライナ人にとって鶴は母国への愛の象徴です(以下略)。
↑この人も恐らくウクライナ人ですが、鶴は不吉どころか愛の象徴だと言っています。省略した部分はウクライナ人がケルト人の子孫かどうかに関する部分なので次の項目で詳しく記載します。
最後にこの回答。
鶴は不幸を招くどころか、民話では逆に幸運を招くと言われています。ただ、鶴は悲しさを象徴することもあります。
通常ウクライナ人は鶴やコウノトリを見るのが好きです(以下略)。
↑この人はキーウの大学を出ていてウクライナ語を話すそうですし、ウクライナ関連の質問に多く回答しているのでウクライナ人だと考えていいのではないかと思います。この人も鶴が不吉だとは思っていないようです。
いかがでしょうか。今回私が聞くことができたのは3人だけですが、その全員が鶴が不吉だと聞いたことがないということは、「ウクライナでは鶴は不吉だ」という情報は事実ではない可能性があることにならないでしょうか。
日本人にカラスは不吉か聞いたらたいていの人は不吉と答えると思いますが、ウクライナ人にとっての鶴はそこまで国民的に不吉だと思われているわけではなさそうです。
たった3人のウクライナ人が言ったことが真実だとは思いませんが、少なくとも1人の日本人が言うことよりは信憑性が高いと思います。
ウクライナはケルト人が作ったというのは本当か?
次にウクライナはケルト人が作ったという話についてです。これも、先ほどの海外質問サイトで回答がありました。
やはり回答者は自分たち(ウクライナ人)がケルト人の子孫だとは思っていないようです。
まずは先ほども紹介したこの回答者。
(中略)ウクライナ人(東スラブ人)がケルト人の子孫だというのも全然わかりません。ソースはどこですか?
No idea(見当も付かない)と言っていますね。
次に、こちらも先ほど紹介した回答です。
(中略)ケルト人もウクライナ人もインド=ヨーロッパ系で、スラブ人より1000年は早く到着したケルト人を含め、数百年の間複数回に分けてヨーロッパに流入したヤムナ人という共通のルーツはあるかもしれませんが、ウクライナ人はケルト人の子孫ではありません。基本的にはかなり遠い親戚です。
「ヤムナ人」という民族は私は今回初めて聞きましたが、かなり古い時代まで遡ればケルトと共通の祖先はいるものの、ウクライナ人が直接ケルト人の子孫だというわけではなさそうです。
少なくとも今回私が質問した数人のウクライナ人は自分たちがケルト人の子孫だとは思っていないことが分かりました。
ただし、2番目の回答者も言っているように、古代においてケルト人はヨーロッパ中に広く居住していたのは事実なので(それは私も以前から知っていました)、ケルト人の分布についても調べてみました。Wikipediaによると、紀元前275年くらいまでケルト人は東欧にまで広がっていたのは確かなようですが、ウクライナに関してはほんの一部地域にしか居住していなかったようです。
大昔に少しの間住んでいただけの民族の文化が現代でも生きているという理論が通用するならば、日本の文化は弥生人の祖先であるツングース民族の影響を色濃く残しているはずです。
日本人の祖先である弥生人は紀元前にツングース地方や東アジア北東部から日本に流入してきた渡来人に由来していると考えられているそうですが(Wikipedia参照)、みなさんは普段日本に住んでいてツングース文化を意識したことはありますか?少なくとも私は一度もありません。というかツングース文化がどんなものなのかも知りません。
紀元前にケルト人が住んでいたからという理由でウクライナの文化=ケルト文化だと断定するのは、日本文化=ツングース文化だと言うほど極端な理論だと私は思います。もちろん渡来人は稲作を日本にもたらしましたが、日本文化の全てがツングース文化で成り立っているわけではないですよね。
なお、問題のツイートには北欧の話も出てきたので北方人の分布についても調べてみました。すると、Wikipediaによるとスウェーデン起源のRus’人(ルーシ人)が10世紀ごろウクライナの広範囲に入植していたということが分かりました。2000年以上前にウクライナのほんの一部地域にいたケルト人よりは、それより1000年以上後にウクライナの広い範囲に来たRus’人の影響の方が強く残っていると考えるのが自然だと思います。
いずれにせよ、北欧とケルトは全く違うものなので、一緒にするのは適切ではありません。もちろん、世界中の文化はつながっているのでどこかで共通点はあると思いますが、両者はとても同列にできないほど顕著な違いがあります。少なくとも「ケルトや北欧では○○」と一緒くたにされるのは現地の人はいい顔をしないと思います。日本と中国や韓国を一緒くたにするのと同じようなものですね。
ケルトではそもそも鶴は不吉だと思われているのか?
ここまでで、どうやらウクライナ人は鶴が不吉だとも自分たちがケルト人の子孫だとも思っていないことが分かりました。
では、そもそもケルト神話や北欧神話で鶴が不吉だと思われているというのは本当なのでしょうか?私は、少なくとも短時間で調べた限りでは鶴は特にケルトでも北欧でも不吉だとは思われていないと結論付けました。
まずは先ほどの海外質問サイトの回答を見てみましょう。
ケルト人は誰も鶴が不幸を招くなどと考えたことはありません。マナナンの鶴は迷宮への旅路を意味します。
この人がどういう人なのかはよく分かりませんが、アメリカに住んでいる人のようで、ケルト人の子孫またはケルト神話のことを知っている人のようです。特にケルト人は鶴が不吉だとは思っていないとの回答でした。
この回答者の言っている「Cranes of Manannan」というのは沼地に住む神秘的な鳥(鶴)で、マナナンという海の神は鶴の皮で作った袋に宝物を入れていたそうです。ケルト文化のアート作品を扱っているサイトに以下のように書かれていました:
Cranes of Manannan – Herons and cranes are long-legged wading birds, usually associated with willow trees and water, as mysterious as the fringed marshes along which they dwell. Manannan, the Irish Sea God – Manawyddan ap Llyr for the Welsh – makes his shaman crane bag from the skin of a crane that was once a young woman. This Druid’s bag holds otherworldy treasures – spiritual power objects such as stones and sticks for divination, herbs and plants for healing, and giving wisdom, nets and strings for spirit traps.
(出典:https://celticartstudio.com/symbol/f/SYMBOLS/398)
他にも、鶴はあの世の宝物の守護者だとか、戦を司る女神でありあの世への案内人だと書いているサイトがありました。こちらも、アイルランドのドメインなので恐らくはアイルランド人が書いたものではないかと思います:
In Irish mythology both crane and heron are placed as guardians of the treasures of the Otherworld.
(中略)
In some myths the crane would be an aspect of a war goddess and a guide on the path to the Otherworld.
(出典:https://www.independent.ie/life/a-bag-of-treasures-from-a-beautys-skin-34201716.html)
いずれのサイトでも鶴は死後の世界と関わるものだと書かれているので縁起がいい生き物ではないのかもしれませんが、少なくとも縁起が悪いとは書かれていません。
更に北欧神話についてですが、北欧神話をかじっている私は鶴が縁起の悪いものだという話は一度も聞いたことがありませんし、英語で簡単に調べた限りでも特に北欧神話では鶴が不吉だと思われているという情報は出てきませんでした。
なお、鶴が不吉だという情報を恐らく日本語で検索した一部のツイッターユーザーが、このページ以外に情報が出てこなかったから嘘だと断定していますが、これもまた随分飛躍した理論です。日本語で出てこないから嘘だと思う人は、日本語で検索して出てくる情報が全てだとお思いでしょうか?
日本語を母国語とする人は世界に1.6%ほどしかいません(Wikipedia参照)。残りの98.4%は普通日本語以外の言語を話し、インターネットもほとんどの人は日本語以外の言語で書き込みます。つまり日本語で検索しても出てこない海外の情報は非常に膨大なのです。
特に、ケルト人の子孫は現在イギリスとアイルランドに多く住んでおり、両国の公用語は英語です(ケルト人は元々ゲール語を話しますが現在は少数派です)。ケルトと直接関係のない日本人が日本語でケルトについて書いた記事よりも、ケルトと関連性の強いイギリス人やアイルランド人が書いた英語の記事の方が多く出てくることは容易に想像できますよね。実際、今回私が軽く検索しただけでもすぐに出てきたことはすでにこの記事の中で引用した内容からもお分かりかと思います。しかも、英語話者の数自体が日本語話者の3倍いるので、単純に考えて日本語より英語の方がネットの情報量は多いことになります。
もちろん英語が万能というわけでもないですが、日本語で検索しても出てこなかったからと言ってその情報が嘘だという結論に走るのは正しくないと思います。
ウクライナに千羽鶴を贈るのはやめるべきか?
さて、あくまで当サイトの結論ではありますが、これまでの調査でウクライナ人はケルト人の子孫でもなければ鶴が不吉だとも思っていないし、ケルト人も鶴が不吉だとは特に思っていないらしいということが分かりました。
それでは平和を祈ってウクライナに千羽鶴を贈ることは適切なのでしょうか?
ここからは完全に私個人の意見になりますが、ウクライナの人のために平和を祈りたいという気持ち自体は素晴らしいものだと思いますし無駄だとも思いません。これを無駄だとか恥ずかしいとバッサリ切り捨てて人の心を無碍にする人が人道的支援について語ることには疑問を感じます。
ですが、実際に千羽鶴を戦地に贈ることが最善かというと、そうも思いません。千羽鶴は飾り物であり直接の支援にはならないからです。
善意を持ってウクライナを支援したいと思っている人は、是非相手の立場になって考えてみてください。
現在ウクライナでは家を追われて住むところも食べるものも満足に得られず、衛生状態が悪い避難所で生活している人が多数います。お腹を空かせており、明日にはロシア軍の攻撃によって命をも落とすかもしれないという状況で千羽鶴という飾り物が求められるでしょうか?
もしかすると千羽鶴で気持ちが楽になる人もいるのかも知れませんが、目を愉しませること以外物理的な使い道のない千羽鶴を贈るよりは、食料やお金など実際の支援となる物資を送った方が現地の人の助けになると思うのです。
千羽鶴はかさばりますし、吊るす場所や管理する人も必要になります。多くの人が命を落としていて大混乱している現地の人は怪我人の手当や避難民の対応で大忙しだと思われるので、千羽鶴の配置を考えたりきれいに飾り付けをする余裕はないでしょう。
どうしても千羽鶴を折りたいという人は、折った鶴はウクライナには送らず国内の地域センターなどに飾り、SNSで写真を発信してはいかがでしょうか。翻訳アプリでもいいので英語やウクライナ語にすればウクライナの人も見て元気付けられるかもしれません。
大変な状況にあるウクライナに対して何もできず気を揉んでいる人がせめてもの気持ちとして千羽鶴を折ったのではないかと想像していますが、皆が現地の人にとって本当に助けになる支援とは何か考えて行動できればいいなと思っています。